摂食障害をどうやって克服したのか。
そう聞かれることがあります。
でも正直に言うと、「これをやれば治る」という
単純なものではありませんでした。
私の場合、そもそも双極性障害があり、
治療はとても多角的なものでした。
薬だけではなく、環境、人間関係、考え方、
いろいろなものが関係していたと思います。
その中でも、振り返って一番大きかったと感じているのは、
認知行動療法でした。
接触症(摂食障害)を治すのに4つの重要事項
① 医者選びがすべての土台
精神科は、いくつか変えました。
記憶の中では、4〜5ヶ所くらいは通っています。
あまり病院を変えるのは良くないという人もいます。
ただ、「ダメな医者」がいるのも事実です。
医療点数稼ぎに、儲けることが最優先の医者は
無駄に患者に薬を処方し、通わせてなんぼ。
そんな医者がいるのは間違いありません。
医者によって、状態は良くも悪くもなります。
私は自分が病気を発症した頃
入院病棟のある精神科病院で働いていました。
音楽療法士として、たくさんの患者さんと関わり、
同時に、複数の精神科医も見てきました。
その中で感じたのは、同じ病気でも、
先生によって回復する人と、悪化する人がいるということです。
中には、人としての尊厳が崩れてしまうほど
状態が悪くなる人もいました。
それを間近で見ていたからこそ、
「医者選びは重要だ」と、はっきりわかっていました。
最終的に出会った先生は、
認知行動療法を専門にしている方でした。
まだ日本では今ほど一般的ではなかった頃ですが、
学会で発表もされているような先生でした。
その先生は、薬だけに頼るのではなく、
しっかり話を聞いてくれました。
そして、
「それはこういう意味では?」
「こう考えてみるのはどうだろう」
と、私の認知のズレを、少しずつ修正してくれました。
自分とは違う考え、アプローチをもらうたびに、
「そうか、そういう風に考えてみてもいいのか」
そういう気づきを積み重ねていきました
② 自分を責めないという習慣
認知行動療法の中で、私にとって大きかったのは、
「自分を責めない」という考え方でした。
過食嘔吐をすると、
どうしても自分を責めてしまいます。
でもそこで、「またやってしまった」と否定するのではなく、
「今はこれがストレスの処理方法なんだ」と捉える。
そして、先月は20回だったけど、今月は18回だった。
そうやって、少しでも変化を見つけていく。
この考え方が、少しずつ自分を楽にしていきました。
そもそも摂食障害になる人は、頑張り屋で理想が高い人が多い。
すでに十分頑張っているのだから、
失敗する自分を「責めない」でいい
もはや失敗すら、それは「失敗ではない」んだから
③ 支えてくれる人の存在
もう一つ大きかったのは、周りの人の存在です。
私の場合、家族にはあまり理解がありませんでした。
自分から距離を取っていたこともありますが。
病気末期の時、私を支えてくれていたのは、
学生時代からの同級生でした。
車で自ら事故を起こしてしまい、
入院させられそうになった私を、
病院まで来てくれて、先生を説得してくれました。
仕事を辞めて治療に専念させるために同棲し、
薬の管理までしてくれたのです。
経済的な不安も無くしてくれました。
否定せずに、ただ受け入れてくれた。
見守ってくれました。
家でダラダラと過ごすだけの私を責めなかった。
摂食障害は、外から見えにくい分、理解されにくい病気です。
だからこそ、「否定されない場所」があることは、
とても大きいと思います。
摂食障害を抱える家族がいる方にお伝えしたいのは
「寄り添う」ことをしてあげてほしい、ということです。
注意する、怒るのではなく、病院へ一緒にいき、話を聞き、
見守ること。
簡単に治る病気ではありません。
少し調子の良い日があれば、褒めてあげてください。
調子の悪い日があれば、焦ったり、心配しすぎたり、
怒るのではなく、
見守り、寄り添い、そっとしてあげてください。
④心の自立というテーマ
そして最後に、一番大きかったのは、
心の自立だったと思います。
ここで言う自立は、
「一人で生活すること」ではありません。
価値の基準を、自分の中に置けるかどうか。
それが大切でした。
当時の私は、他人と比べて、自分の価値を決めていました。
太っているかどうか、愛されているかどうか。
すべてが、外からの評価でした。
でもそれでは、ずっと不安は消えません。
「一人でも大丈夫」と思えること。
誰かに認められなくても、自分で自分を認められること。
それが、少しずつできるようになった時、
症状も落ち着いていきました。
以上の4つが、最も重要なことです。
認知の歪み
当時の私は、明らかに痩せていました。
拒食の時は35キロ前後、
過食や過食嘔吐の時も40キロ台前半。
客観的に見れば、
太っている状態ではありませんでした。
それでも、「太っている」と感じていた。
これは、認知の歪みが起きていたのだと思います。
不安定な心の状態が、
現実の見え方そのものを変えてしまう。
摂食障害は、
そういう側面を持っていると感じています。
なぜ「認知の歪み」は起きるのか
実際の体型とは関係なく、太っていると感じてしまう。
価値がないと感じてしまう。
これは単なる思い込みではなく、
もう少し深いところで起きている現象だと思っています。
⇨認知は「状態」に影響される
人の認知は、常に一定ではありません。
その時の状態によって、見え方や感じ方は変わります。
例えば、
・寝不足の時
・強いストレスを感じている時
・孤独を感じている時
同じ出来事でも、ネガティブに受け取りやすくなります。
これは特別なことではなく、
誰にでも起きていることです。
ただ、摂食障害のように状態が強く揺れている時は、
その影響が大きくなります。
⇨感情が先にあって、認知が後からついてくる
当時の自分を振り返ると、
まず「不安」や「満たされなさ」がありました。
その感情がある状態で、自分の体や人間関係を見ると、
「太っているからダメなんだ」
「自分には価値がない」
そういう解釈になっていく。
つまり、事実を見ているのではなく、
感情に合うように意味づけをしていた。
今思えば、そういう状態だったのだと思います。
⇨外側の価値基準に引っ張られる
もう一つ大きかったのは、
価値の基準が外にあったことです。
・痩せている方が良い
・可愛い方が価値がある
・愛されていないと不安
そういう考えが強いほど、
自分を客観的に見ることが難しくなります。
実際には痩せていても、「まだ足りない」と感じてしまう。
これは、現実が見えていないというより、
基準そのものがずれている状態です。
⇨コントロールできないものを、別の形でコントロールしようとする
摂食障害の背景には、
コントロールの問題もあると感じています。
人間関係や感情は、思い通りにならないことが多い。
でも、体重や食事は、
自分でコントロールできるように感じる。
だから、そこに意識が向かっていく。
ただ実際には、それもだんだんコントロールできなくなっていく。
そのズレが、さらに苦しさを生んでいたように思います。
⇨認知は「変えよう」とすると変わらない
一番難しかったのは、「考え方を変えよう」としても、
なかなか変わらなかったことです。
頭ではわかっていても、感覚がついてこない。
これは、認知が意志だけで動くものではないからだと思います。
生活習慣や、環境、感情の状態、そういったものが整って、
はじめて少しずつ変わっていく。
少しずつ整っていくもの
私の場合は、
・医者との出会い
・認知行動療法
・人間関係
・生活のリズム
そういうものが重なって、
少しずつ認知が変わっていきました。
急に変わったわけではありません。
気づいたら、少し楽に感じる時間が増えていた。
そんな変化でした。
認知の歪みは、「考え方のクセ」と言われることもあります。
でも実際には、もっと複雑で、
その人の状態や環境と深く結びついているものだと思います。
だからこそ、無理に変えようとしなくてもいい。
まずは、「今こういう状態なんだ」と気づくこと。
それだけでも、
少し見え方は変わっていくのかもしれません。
摂食障害が落ち着くまでのプロセス(私の場合)
摂食障害は、
ある日突然よくなるものではありませんでした。
少し良くなって、また戻って、また少し楽になって、
そんなことを繰り返しながら、気づいたら変わっていた。
私の場合は、
そういう感覚でした。
① 崩れていた時期(20代前半〜中盤)
この頃は、完全にコントロールできない状態でした。
・過食嘔吐が止まらない
・不眠
・感情の起伏
・不安定な恋愛
生活そのものが崩れていて、
「どうやって戻るか」を考える余裕もありませんでした。
ただ、目の前の衝動に対応するだけ。
そんな毎日でした。
② 一度、止まる(休職・治療)
体も心も限界になり、仕事を休みました。
ここで初めて、「治療に専念する時間」ができました。
・通院
・薬の調整
・生活リズムを整える
すぐに変わることはありませんでしたが、
悪化のスピードは少しずつ落ちていきました。
③ 小さく社会に戻る(リハビリのような時期)
いきなり元に戻ることは難しく、
まずは小さく動くところから始めました。
・友達の会社でアルバイトをする
・電車に乗る練習をするために都内中心部へ通う
・外に出る習慣をつける
当時は、それだけでも大きな一歩でした。
「できること」を少しずつ増やしていく。
この時期は、回復というより「慣らしていく」感覚でした。
仕事をしない状態がずっと続くと、
精神的に不安になってくるものです。
急性期(病気の症状がひどい時)は、仕事をせず休む。
慢性期(治りもしないがひどく悪化しない時期)は、
ただ休み続けると、不安だけが増します。
ならば、少しでも働いてみるのはありです。
私は、アルバイト週3日短時間⇨契約社員でフルタイム⇨正社員
という過程を経て社会復帰しました。
④ 考え方が少しずつ変わる
認知行動療法を通して、
少しずつ自分の考え方に気づくようになりました。
・すぐに自分を責めていること
・極端な考え方をしていること
・不安を別の形で処理していること
それに気づくだけでも、少し余裕が生まれました。
過食嘔吐をしても、前よりも強く責めなくなる。
回数が少し減る。
そんな小さな変化が、積み重なっていきました。
仕事をしている間は、我慢できるようになっていました。
⑤ 環境と人間関係が変わる
大きかったのは、人間関係と環境の変化でした。
不安定だった音楽業界と、その中での人間関係に距離を置きました。
同級生の安心できるパートナーを得られた。
精神病院での仕事を辞めて、家にいることができた。
・安定した関係
・否定されない環境
・無理をしすぎない生活
これが整ってくると、
自然と症状も落ち着いていきました。
逆に言えば、状態が悪かった時は、
環境もかなり不安定だったのだと思います。
一番症状が悪い時は、駅前のマンションに住んでおり
病状が悪化して休みがちで給与が減って
借金も嵩んでいたのです。
都内の誘惑が多い場所で、
すぐに外に出て行けて、音楽関係の活動をして、
夜中まで外にいて、タバコの煙を吸い、
暗がりの環境で過ごしていました。
それが、日中の明るい光を浴び、
仕事へ行くストレスがなく、
心を穏やかにする時間を得ました。
⑥ 自分で選ぶ感覚が戻る
少しずつ、「どうするか」を自分で決められるようになっていきました。
・無理な関係をやめる
・働き方を選ぶ
・生活を整える
それまで外にあった判断基準が、
少しずつ自分の中に戻ってきた感覚です。
この頃になると、症状に振り回される時間が減っていきました。
そして、精神的にも自立しようと決心したのです。
お世話になっていた当時の彼氏ですが、
とても優しい人で、王子様のような容姿だったので、
別の意味で不安が尽きませんでした。
私みたいな病気持ちで、ろくに働けない。
いつ捨てられるかという不安がついてまわりました。
そんな時、「自分で生き方を変えよう」と決心しました。
急性期を支えてくれた彼ですが、
本当の意味での自分の自立、精神の自立には、
この関係は良くないものでした。
彼がいると、依存してしまう。甘えてしまう。
でも、自分に自信が持てず、不安が尽きない状態が苦痛でした。
自分に自信が持てれば、彼と生活できたでしょう。
でも、彼は優秀で外見も良く、内面も良い。
そんな彼に釣り合わない自分が辛くて卑屈になっていたのです。
そのタイミングで、祖父母の家が空き家になったのです。
祖父は亡くなっていて、祖母も入院した為でした。
家を管理するという名目で、
祖母の家で私は一人で暮らすことを決意し、
彼の元を離れました。
心のどこかで、一度一人にならねばと思っていたのです。
どこかで自分の自信を取り戻したかった。
アルバイトから契約社員(フルタイム週5日)の仕事に変えた時期でした。
懐かしい祖父母の家で過ごした5ヶ月が、私を寛解へ導きました。
仕事も通い、少しずつ自信を取り戻し、
正社員にチャレンジしたのです。
⑦ 気づいたら、変わっていた
はっきりとした「治った瞬間」はありません。
でもある時、「前ほど苦しくない」と感じるようになっていました。
完全にゼロになるわけではなくても、付き合い方が変わった。
そんな状態です。
今振り返って思うこと
回復は、一直線ではありませんでした。
むしろ、遠回りのように見える時間が多かった。
でもその過程があったからこそ、
少しずつ整っていったのだと思います。
休む⇨安心できる環境で治療する⇨少しずつ社会復帰する⇨自信を取り戻す⇨経済的自立、そして精神的自立を果たす
この過程があったから、今があります。
最後に
もし今、
・なかなか変わらない
・また繰り返してしまう
・先が見えない
そう感じていたとしても、
それは自然なことだと思います。
回復は、
「やめること」ではなく、
「少しずつ変わっていくこと」だったからです。
もしよければ、
今の状態を少しだけ整理してみませんか。
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